【実践5】人生の三つの課題 (Three Life Tasks)

1. はじめに

アドラー心理学において、人生を大局的に捉えるうえで欠かせない概念の一つが「人生の三つの課題(Three Life Tasks)」です。アドラーは人間が生きていくうえで必ず直面する社会的な課題として、「仕事(社会)」「交友(友情)」「愛(パートナーシップ)」を挙げました。これらの課題をどう捉え、乗り越えていくかが、その人の人生の充実度や幸福感を大きく左右すると考えられています。本記事では、人生の三つの課題についてそれぞれ詳しく解説し、対処のポイントを見ていきます。


2. 人生の三つの課題とは

2-1. 仕事(社会)、交友(友情)、愛(パートナーシップ)

アドラーは「人間は社会的存在である」という前提に立ち、人が幸せに生きるうえで避けられない社会的関わりの場として、以下の三つを重要視しました。

  1. 仕事(社会)
  2. 交友(友情)
  3. 愛(パートナーシップ)

この3つを総称して「人生の三つの課題」と呼んでおり、どの課題も孤立や自己完結では成り立たないものです。人が心身ともに健やかに生きていくためには、これらの課題を自分なりに解決していく必要があるというのがアドラーの見解です。

2-2. 共同体感覚との連動

三つの課題はいずれも対人関係をベースとしており、アドラー心理学の中心概念である「共同体感覚 (Community Feeling)」と強く結びついています。すなわち、自分が社会に貢献できる存在であることを感じられるか、そして他者との連帯を築けるかが、この三つの課題を乗り越えるうえで大きな鍵となります。


3. 課題1:仕事(社会)

3-1. 社会貢献の場としての仕事

アドラーにとって「仕事」は、自分の生活を支える経済活動というだけでなく、「自分が社会に貢献する手段」として捉えられます。ここでいう「仕事」は会社勤めに限定されず、自営やボランティア、家事や育児なども含めて広く「社会に役立つ活動」を指します。たとえば専業主婦(夫)であっても、家族の生活を整えたり地域コミュニティに参加したりすることで社会に貢献しているわけです。

3-2. 仕事における問題

仕事の課題では、以下のようなトラブルが生じやすいです。

  • 人間関係の摩擦: 同僚や上司、取引先とのコミュニケーションがうまくいかない。
  • 自己評価の不一致: 自分のやりたい仕事と現実のギャップ、評価されない不満。
  • モチベーション低下: やりがいや成長を感じられず、働く意欲が減退する。

これらは、「自分がこの組織や社会でどう役立てるか」を見失うと、さらに深刻化しやすいと言えます。逆に「自分はこのように貢献している」と実感できれば、困難も乗り越えやすくなるでしょう。

3-3. 対処法:共同体感覚の育成

仕事の課題を乗り越えるには、**「周囲にどう協力し、貢献するか?」**という視点を持つとよいとアドラーは説きます。個人の出世や報酬ばかりを考えていると、他者との対立が生じやすくなります。アドラーの考え方では、他者や社会と協力して目標を達成するプロセスにこそ、本当のやりがいや幸福感が生まれるのです。


4. 課題2:交友(友人関係)

4-1. horizontal relationship(横の関係)

交友(友情)は、対等な立場で築かれる関係が鍵になります。アドラーは「人間関係にはvertical(縦)とhorizontal(横)の2つのパターンがある」と言い、真の友情は上下関係ではなく、対等かつ相互尊重の上に成り立つとしました。利害関係が少なく、「一緒にいるだけで安心できる」「お互いを尊重している」と感じる相手との関係が、交友の課題を満たすうえで大切です。

4-2. 孤立や依存のリスク

友人関係の問題としては、次のようなものが挙げられます。

  • 孤立: 友人がいない、または友人との関係が希薄で苦しい。
  • 依存: 友人に過剰に依存し、自分の主体性を失う。
  • 上下関係の持ち込み: 恋愛や仕事と同様に、優劣や支配が絡む関係は友情を壊しやすい。

これらのリスクが高まる背景には、「自分が相手にどう貢献できるか」や「互いをどう尊重し合えるか」という視点が薄い場合が多いです。

4-3. 対処法:尊敬と共感

交友の課題をうまく乗り越えるには、「相手をコントロールしようとしない」「相手の意見や価値観を尊重する」ことが大切です。つまり、自分と相手は違う存在であると認め合いながら、共感できる部分を一緒に楽しむ。困ったときに助け合うだけでなく、喜びや成果も一緒に共有できる関係こそが、アドラーの理想とする友人関係に近いでしょう。


5. 課題3:愛(パートナーシップ)

5-1. 最も難易度の高い課題

アドラーは、「仕事」「交友」「愛」の中で、愛(パートナーシップ)の課題が最も難しいと言及しています。なぜなら、配偶者や恋人など親密な関係には、お互いの価値観やライフスタイルの違いが露わになりやすく、さらに性の問題や長期的な協力関係など、非常にプライベートな次元でのすり合わせが求められるからです。

5-2. 愛の課題で起きやすい問題

  • 束縛・依存: 相手を自分の所有物のように思い、自由を奪う。
  • 不信感: 相手に対する疑念や嫉妬心が強く、心が安定しない。
  • コミュニケーションの欠如: すれ違いや誤解が積み重なり、感情の共有が難しくなる。

愛の課題では、これらの問題が深刻化すると、関係が破綻したり、DV(ドメスティックバイオレンス)などの深刻なトラブルに発展するリスクも否定できません。

5-3. 解決のポイント:相互の“挑戦”

パートナーシップの問題を解決するには、まず「相手をコントロールしようとしない」「自分が変わることを怖れない」という姿勢が必要です。アドラーのいう愛とは、「お互いが自己を成長させながら、協力して新しい価値を創造していく行為」を含みます。すなわち、片方だけの努力ではなく、双方が主体的に関わり、課題に挑戦する姿勢が重要なのです。


6. 三つの課題を乗り越えるための視点

6-1. ライフスタイルを振り返る

三つの課題をうまく扱えない背景には、しばしば「ライフスタイル」の偏りや歪みが潜んでいます。たとえば、「常に競争意識が強い」「失敗を極度に恐れる」といったライフスタイルでは、仕事でも交友でも愛でも行き詰まりやすいでしょう。自分の思考パターンや行動習慣を客観的に振り返り、必要に応じて修正していくことが、三つの課題の解決に大きく寄与します。

6-2. 勇気づけと課題の分離

三つの課題を扱う中で、他者との協力が必要な場面や対立が生じる場面も当然あります。そんなとき、アドラー心理学の「勇気づけ」のアプローチを取り入れれば、お互いを尊重し合いながら前向きに行動しやすくなるでしょう。また、「課題の分離」を意識して、相手の領域を侵さず、自分の責任をしっかりと引き受ける姿勢を保つことも欠かせません。

6-3. 共同体感覚の実践

三つの課題をクリアする根幹にあるのは、やはり「共同体感覚」です。自分が社会や他者に貢献し、同時に他者からもサポートを受けられるという相互的なつながりを実感できれば、仕事のストレスや友情のすれ違い、愛の困難なども、一時的な問題として捉えられ、協力して乗り越えようという意欲が高まります。


7. まとめ

アドラーの「人生の三つの課題(仕事・交友・愛)」は、どれも私たちが日々直面する対人関係のテーマです。これらを乗り越えるためには、相互尊重や協力、そして自分の存在意義を社会や他者との関係の中に見出すことが重要だと、アドラーは強調しました。

  • 三つの課題それぞれのポイント
    1. 仕事(社会): 自分がどう社会に貢献できるかを意識し、周囲と協力してやりがいを見出す。
    2. 交友(友人関係): 対等で支え合う関係を築き、孤立や依存を避け、共感と尊敬を育む。
    3. 愛(パートナーシップ): 双方が自主的に成長を目指す“挑戦”として、相互に支え合い、信頼を深める。

これらの課題は、どれか一つでも疎かにすると、人生全体のバランスが崩れやすいとされます。逆に言えば、三つの課題に前向きに取り組むことで、より豊かな人間関係と充実感を得ることができるのです。アドラー心理学が示す「共同体感覚」は、そのための具体的な指針となるでしょう。

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