人にどう思われるかが気になって、本音を言えない。頼まれごとを断れず、あとから疲れてしまう。
そんな場面を思い浮かべながら、『嫌われる勇気』やアドラー心理学に関心を持った方もいるのではないでしょうか。この記事では、難しい専門用語を日常の場面に置き換え、基本の考え方と実践するときの注意点を説明します。
読み進める際は、すべてに賛成しようとする必要はありません。自分の悩みを整理するために使えそうな視点を、一つ見つけるつもりで読んでみてください。
『嫌われる勇気』で紹介されるアドラー心理学とは
まずは、アドラー心理学という理論と、それを紹介する『嫌われる勇気』という書籍を分けて理解しましょう。本の印象的な言葉だけで判断するよりも、全体の方向性をつかんでから個々の考え方を読むほうが、意味を整理しやすくなります。
ここでは、心理学として何に注目するのかと、本をどのような位置づけで読めばよいのかを確認します。用語を暗記することよりも、自分と他者の関係を考えるための入り口として捉えてください。
自分の選択と、人とのつながりを重視する心理学
アドラー心理学は、精神科医アルフレッド・アドラーが築いた心理学で、個人心理学とも呼ばれます。人間を切り離された存在としてではなく、周囲との関係の中で生き、目的に向かって行動する存在として理解する点が特徴です。
ここでいう「個人」は、自分だけを優先するという意味ではありません。感情や考え、行動をばらばらに扱わず、一人の人間をまとまりのある存在として捉える考え方が含まれています。
日常に置き換えるなら、「自分には価値がない」と結論づける前に、どのような場面でそう感じ、どんな関係を望んでいるのかを考えてみる、という読み方ができます。性格に一つの名前をつけて終えるのではなく、具体的な状況と行動に目を向けてみましょう。
たとえば、会議で発言できなかった日には、自分を弱い人間だと評価する代わりに、何が心配だったのかを書き出してみます。そのうえで、次回は事前に意見を一文用意するなど、選べる行動を探すための視点として活用してください。
『嫌われる勇気』は対話を通じて思想を学ぶ本
『嫌われる勇気』は、岸見一郎氏と古賀史健氏による共著で、2013年にダイヤモンド社から刊行されました。哲人と青年の対話を通じて、アドラー心理学の考え方を紹介する構成になっています。
この本を読むときは、アドラー本人の著作をそのまま読んでいるのではなく、著者たちによる説明を通して思想に触れている、と理解しておきましょう。印象に残った主張についても、短い言葉だけを取り出さず、前後の問いや説明と一緒に考えてください。
おすすめしたい読み方は、納得した部分と抵抗を感じた部分を、それぞれ自分の言葉でメモすることです。「これは正しいか、間違いか」とすぐに結論を出すより、「どの場面なら役立つか」と問い直してみましょう。
たとえば、周囲の評価から距離を置く考え方に共感しても、仕事上の改善点まで聞かなくなる必要はありません。自分の価値を他人に決めてもらうことと、役立つ助言を受け取ることは、分けて考えられます。
本の内容を守ること自体を、新しい義務にしないでください。自分を責める材料ではなく、今までとは違う選択を検討する材料として読むことをおすすめします。
基本を理解する鍵は「目的論」と「劣等感」
自分が変われない理由を考えるとき、過去の失敗や苦手な性格ばかりに目が向くことはないでしょうか。ここでは、その見方に別の問いを加えるために、目的論と劣等感という二つの言葉を整理します。
大切なのは、過去の経験をなかったことにしたり、つらい気持ちを否定したりしないことです。原因を理解する作業を大切にしながら、現在の自分にどんな選択肢があるかも考える、という姿勢で読み進めてください。
目的論とは、行動が何を目指しているかを考える視点
目的論は、行動を過去の原因だけで説明せず、その行動がどのような目的に向かっているかに注目する考え方です。『嫌われる勇気』でも、過去によって現在や未来が一方的に決まるという見方を問い直す視点として紹介されています。
たとえば、提案を見送った場面を振り返るなら、経験不足だったという理由に加え、批判されるのを避けたかったのかもしれない、と仮に考えてみます。ただし、これは自分の行動を理解するための問いであり、相手の隠れた本音を決めつける方法ではありません。
失敗を避けたい気持ちに気づいたら、いきなり大勢の前で発表するのではなく、信頼できる同僚に相談する選択もできます。目的論は、「できないのは本人が望んでいるからだ」と責めるためではなく、別の進め方を探すために使ってください。
また、本の中で示されるトラウマへの議論を、現実の心の傷や症状が存在しないという医学的な説明に置き換えてはいけません。強い出来事のあとに心身の症状が続くことはあり、必要に応じて専門的な支援や治療の対象になります。
劣等感と、自分には無理だと決めつけることを分ける
アドラー心理学では、劣等感はただ取り除くべき感情ではなく、成長を目指す動機にもなり得るものとして扱われます。一方、劣等感を理由に困難から退き、自分にはできないという説明に固定してしまうこととは区別されます。
たとえば、説明が上手な同僚を見て、自分は話すのが苦手だと感じたとします。その感情から、相手の話し方を観察する方向にも、自分には才能がないから発言しないという方向にも進めます。
ここで試したいのは、他人との優劣を決める問いから、自分が身につけたいことを探す問いへの切り替えです。「あの人に勝てるか」ではなく、「次の説明では結論を先に伝えられるか」と、行動を具体的にしてみましょう。
比較の対象も、他人だけに置く必要はありません。先月より準備ができた、前回より一つ質問できたという変化を、練習の記録として残してみてください。
もちろん、苦手なことをすべて克服する必要もありません。自分で練習する部分と、人に助けを求める部分を分け、できないことがあっても生活や仕事を進められる方法を考えることが大切です。
「課題の分離」と「嫌われる勇気」を正しく理解する
人間関係で使う考え方は、相手に向ける前に、自分がどう使うかを確かめておきたいものです。「それはあなたの問題」と言い切るだけでは、本当に解決したいことが置き去りになってしまいます。
この章では、自分が引き受ける範囲と相手に委ねる範囲を考えたうえで、協力を続ける方法を整理します。距離を取るか我慢するかという二択にせず、説明する、相談する、断るといった複数の選択肢を持っておきましょう。
課題の分離は、相手を突き放すための考え方ではない
課題の分離は、その行動の結果を最終的に誰が引き受けるのかに注目し、自分の課題と他者の課題を区別する考え方です。ただし、著者たちは課題を分けることを最終目標とはせず、その先に協力や共同の課題があると説明しています。
たとえば、自分の考えを誠実に伝えることには取り組めますが、相手が必ず賛成するという結果までは決められません。相手の反応を完全に管理しようとする代わりに、説明の内容や言い方を見直してみましょう。
一方、共同の仕事では、自分の担当さえ終わればよいと考えるのは早計です。誰が何を担当し、問題が起きたらどう相談するかを話し合うことも、仕事を進めるうえで引き受けたい役割です。
使い方の例としては、「最終判断はお願いしたいのですが、比較資料の準備はできます」と伝える方法があります。相手の決定権を奪わずに、自分が協力できる範囲を示す言い方です。
誰の課題かが簡単に決められない場合は、無理に線を引かなくても構いません。自分の責任、相手の責任、共同で決めることを仮に書き出し、認識の違いを確認するところから始めてください。
嫌われる勇気とは、わざと嫌われることではない
『嫌われる勇気』で示されるのは、誰にも嫌われないことを最優先にせず、自分の人生を選ぶという方向性です。他人の期待に合わせ続ける生き方から距離を置くのであって、嫌われることそのものを目的にするわけではありません。
たとえば、休日の誘いを断りたいときには、相手を批判する必要も、無理に参加する必要もありません。「誘ってくれてうれしいけれど、今回は休む時間にしたい」と、自分の事情と意思を伝える方法があります。
その際、相手が少し残念に感じる可能性まで、すべてなくそうとしなくて大丈夫です。残念な気持ちを持つ自由を相手に認めながら、自分の選択も尊重してみましょう。
ただし、自分らしく生きることを、約束を破ったり他人を傷つけたりする言い訳にしないでください。不適切な対応をしたなら、謝ることや修正することも、自分で選べる行動です。
認められたい気持ちが湧いたときも、その気持ち自体を禁止する必要はありません。「評価されなくても続けたいか」「引き受けたあとに無理が残らないか」と問い、自分にとって大切な基準を確認することから始めましょう。
目指すのは孤立ではなく「共同体感覚」
自分の意思を大切にする話だけを読むと、人に頼らず、一人で生きることが目標のように感じるかもしれません。しかし、自分の選択を尊重することと、周囲とのつながりを大切にすることは、両立させて考えられます。
ここでは、自分の不完全さとの付き合い方、他者への向き合い方、無理のない協力という順番で考えてみましょう。「役に立たなければ価値がない」という新しい条件を自分に課さないようにすることも、大切な読み方です。
共同体感覚と自己受容を、身近な言葉に置き換える
共同体感覚は、他者とのつながりや所属を感じ、共同体のために協力しようとする姿勢に関わる概念です。アドラー心理学では、個人の内面だけでなく、仲間との関係や社会への関心が重要な位置を占めています。
『嫌われる勇気』の著者は、その理解に関わる要素として、自己受容、他者信頼、他者貢献を説明しています。なかでも自己受容は、できない部分を無理にできると思い込むのではなく、不完全な自分も受け止めるという考え方です。
たとえば、初めての仕事で手順がわからないとき、「できない自分はだめだ」と責める代わりに、「今は経験が足りないので確認しよう」と言葉を置き換えてみます。苦手さを認めることと、学ぶことを諦めることは別です。
失敗を振り返る際も、人間としての価値と、今回の行動の改善点を一緒にしないようにしましょう。「自分はだめ」ではなく、「確認する時間が不足していた」と書けば、次に検討したいことが具体的になります。
疲れていて行動を変える余裕がない日は、その状態も含めて扱ってください。成長を急ぐことより、休むことや助けを求めることを、今の選択肢に入れてみましょう。
他者信頼と他者貢献を、自己犠牲にしない
他者信頼と他者貢献は、人を敵と決めつけず、仲間として関わり、自分にもできる協力を考える方向につながります。著者は自己受容を含む三つを別々のものではなく、互いに関係するものとして説明しています。
日常で試すなら、相手の話を最後まで聞く、必要な情報を共有する、助けてもらったことに感謝を伝えるといった行動から始めてみましょう。大きな成果を出したり、全員から感謝されたりすることを条件にしなくて構いません。
一方、信頼を理由に、危険や不誠実な行動を見過ごす必要はありません。お金や重要な約束について確認すること、傷つけられる関係から距離を置くことまで、禁止する読み方は避けてください。
貢献についても、頼まれごとをすべて引き受ける形だけに限定しないでみましょう。「今週は対応できませんが、手順の説明ならできます」と、自分の余力に合った協力を選ぶ方法もあります。
何かをしたあとに見返りが気になったら、もっと頑張る前に、引き受けすぎていないかを振り返ってください。助ける側だけを目指さず、必要なときには助けを受け取る側にもなるつもりで、人との関わりを考えてみましょう。
アドラー心理学を日常で実践する具体例
ここからは、これまでの考え方を参考にした実践例を紹介します。誰にでも同じ結果が出る方法ではなく、自分の状況に合わせて調整するための提案として読んでください。
最初から性格や人間関係を大きく変える必要はありません。職場で一つ相談する、家族への伝え方を一文変えるなど、負担の小さい行動を選びましょう。
試したあとは、相手に好かれたかだけで採点せず、自分の意思を伝えられたか、無理が増えていないかを確認してみてください。
職場では、相手の評価より自分の行動を具体化する
上司の機嫌が気になって相談できないときは、まず実際に起きたことと、自分の推測を分けて書いてみましょう。「返答が短かった」は観察した事実ですが、「自分は嫌われている」は、まだ確認できていない解釈かもしれません。
そのうえで、「嫌われないように振る舞う」という目標を、「確認事項を二つにまとめて相談する」という行動に置き換えてみます。相談する時間を尋ね、相手が判断しやすい情報を用意するなど、自分が調整できる部分に取り組んでください。
仕事を追加で頼まれた場合には、すぐに了承する代わりに、現在の業務と期限を共有する方法があります。「今日中なら資料の確認まで、全体の修正は明日になります」と、対応できる範囲を具体的に伝えてみましょう。
評価について納得できない点があるなら、気にしないふりをするより、期待される成果や判断基準を確認してください。相手の心を推測し続ける代わりに、話し合える内容を言葉にしてみることが、この場面での実践です。
威圧的な言動などで安全に相談できない場合は、直接の対話だけにこだわらないでください。出来事を記録し、別の上司や利用できる相談窓口に状況を共有する選択肢も検討しましょう。
家族やSNSでは、小さな境界線と対話を試す
家族の意見に押されて自分の希望を言えないときは、反論の前に、自分が何を望んでいるかを一文にしてみましょう。「心配してくれているのはわかるけれど、まずは自分で選んだ方法を試したい」など、気持ちの理解と自分の意思を分けて伝えます。
家事や生活費のように複数人に関わることは、一方的に自分の課題と決めないようにしてください。担当、負担、相談する時期を話し合い、共同で決める部分を具体化してみましょう。
SNSで反応の数が気になるなら、投稿前に「誰に何を伝えたいか」を書いてみる方法があります。投稿後は確認する時間を決め、反応の多さとは別に、伝えたいことを表現できたかを振り返ってみてください。
練習の記録には、起きた出来事、そのときの気持ち、次に試したい行動を短く残す程度で十分です。「断れなかった」という日にも、責める言葉ではなく、「次は即答せず予定を確認する」と書いてみましょう。
この記事で紹介した視点も、すべてを一度に実践する必要はありません。自分を守りながら相手との関わりを考えるために、今の生活で無理なく試せる一つを選ぶところから始めてください。
よくある質問
『嫌われる勇気』は、心理学の知識がなくても読めますか?
初めて読むなら、専門用語をすべて理解してから先へ進もうとせず、気になった場面を自分の経験に置き換えてみてください。たとえば、断れなかった誘いや、評価を気にして発言できなかった会議を思い浮かべながら読む方法があります。
納得できない部分は、その理由を短くメモして残しておけば十分です。一度で正解をつかもうとせず、読み終えてから、自分が特に気になった章に戻ってみましょう。
本に書かれた考えをすべて採用することを、読書の目標にしなくても構いません。
「嫌われてもいい」と思えない場合は、どうすればよいですか?
無理に嫌われても平気だと思おうとせず、怖さがあっても試せる小さな行動を選んでみてください。たとえば、頼まれごとに即答せず、予定を確認してから返事をするだけでも、練習の一つにできます。
自分の希望を一度に強く主張する必要はなく、まずは対応できる時間や範囲を具体的に伝えてみましょう。相手の反応が気になった日も、それだけで失敗と決めないことが大切です。
安心して話せる相手や負担の少ない場面から始め、自分の気持ちと生活を守れるペースを選んでください。
課題の分離を試すと、冷たい人になってしまいませんか?
実践するときは、境界線だけを伝えるのではなく、自分が協力できることも添えてみてください。たとえば、相手に判断を委ねたい場面なら、結論を代わりに決めることはできないけれど、話を聞いたり情報を整理したりすることはできる、と伝える方法があります。
家族や仕事のように責任が重なる場面では、一方的に線を引かず、役割を確認する話し合いも必要です。相手を突き放す言葉になっていないか、自分が引き受けるべきことを避けていないかも、あわせて振り返ってみましょう。
内容が厳しく感じられたり、納得できなかったりしたらどうすればよいですか?
納得できないことを、理解力や努力の不足だと考える必要はありません。まずは、どの言葉がつらかったのか、どんな経験と重なったのかを整理し、読むのを休むことも選んでください。
自分の経験を本の説明に無理に当てはめず、使える部分だけを検討する読み方で構いません。信頼できる人と感想を話し、別の受け取り方がないか考えるのも一つの方法です。
読書のあとに自分を責める気持ちが強くなるなら、実践を急がず、今の自分にとって安心できる距離を優先してください。
日常で実践するなら、最初に何をすればよいですか?
最近気になった出来事を一つ選び、実際に起きたことと、自分が想像したことを分けて書いてみてください。そのうえで、相手の反応を変える目標ではなく、自分が試せる行動を一つ決めます。
たとえば、次の相談では質問を事前にまとめる、誘いへの返事を少し待ってもらう、といった小さな内容で十分です。終わったあとは、うまく見られたかよりも、意思を伝えられたか、無理がなかったかを確認しましょう。
負担が大きければ方法を変え、続けること自体を義務にしないでください。
相談するときは、起きた出来事と、これからどうしたいかを短くまとめておくと、話を始めやすくなります。


